NASCAR好きなMOPAR乗りの独り言

古くて大きなアメリカ車との日々と、NASCARレースや模型についてつらつらと・・・・。

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フェニックス・レーシング



少し前からチーム売却の噂が流れてて。
売却先もこれまでテリー・ラボンテ選手の名前が挙がったり、いろいろ憶測が流れた
けど先日、正式に売却の発表があった。

スミス選手やアルメンディンガー選手でなかなかのパフォーマンス見せてたのにね。
シーズン後半にまとまった数のレースを面倒見てくれるプライマリー・スポンサーが
獲得できる見込みがなかったのか、ここらへんが限界だったようですね。


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ブラッド・ケゼロウスキー選手の初優勝。
こんな時もあったんだけど・・・。
ジェイムズ・フィンチさんにとって唯一のカップ戦勝利。
「これだからプレートのレースは」って思ったもんだ。


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僕的には#44の頃がいちばん印象深いな。
『ジャッカルー・バーベキュー・ソース』とか『デーヴィッド・リー・マーフィー』
のカラーリング時代ですね。


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ずっとジェフ・パーヴィス選手とやってたなぁ。
毎年数戦しか参戦できなかったけれど。

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いっしょにステップアップしてきたんだよな。


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チームのカップデビューは1990年。ブッシュ・グランドナショナル戦はその前年。
これは’91年『デイトナ500』の時の画像。


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並行して出場していたARCAシリーズでは速くて、’93年からスーパースピードウエイ
をメインに足掛け4年で17戦して8勝。


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悲劇もありました。


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’96年シーズンをもってカップ参戦は断念、ブッシュ・シリーズに専念していたけれど
この’98年を最後にパーヴィス選手はギブスに引き抜かれ袂を分かちます。
結局ブレイクはできなかったんだけど。


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それから5年後、地味にカップチーム復活。いきさつ不明だけど、安くて程度の良い
プレート・レース用の売り物があったとか多分そんな感じじゃないかな。
ドライバーはパーヴィス選手でした。


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翌2002年の開幕戦デイトナ。
これもびっくらこいたね。ジェフ・ボダイン選手。
もうひとつ、夏のデイトナでもトップ10フィニッシュ決めたし。

1シーズンを一人のドライバーで固定するということが最後まで無くここまで
やってきた、ある意味すごいチーム。
全戦で決勝に残ったのも2011年が初めてだったみたい。




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ブッシュ・シリーズでブリュウコ・モータースポーツ在籍時の2002年、ナザレスで
開催された第12戦『スタッカー2 200』でのアクシデントで選手生命を絶たれるほど
の重傷を負ったジェフ・パーヴィス選手に、リハビリを経た2年後、同じナザレスで
現役最後のレース出場の機会を作ったのがフェニックス・レーシングでした。


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カート・ブッシュ選手のこのチームでの最後のレースは、あの映画でおなじみの
カラーリング。
ネイションワイドのチームも手放すんでしょうかね。


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ちなみに売却先はネイションワイド戦でジャスティン・オルガイア選手らを擁して
参戦中のターナー・スコット・モータースポーツの共同オーナー、ハリー・スコット
さんとスポンサーの『ブラント』社。
今シーズン終盤はそのジャスティン・オルガイア選手がライドするという話になって
いるようですが、細かいことはまだニュースになってないみたい。
グレンは売却前に契約済みだったオーウェン・ケリー選手がそのまま乗ってカップ戦
デビューとなるようです。


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また一人、夢と情熱でやってきた古き良き時代のオーナーが姿を消す。


2013.7.27

| NASCAR | 04:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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