NASCAR好きなMOPAR乗りの独り言

古くて大きなアメリカ車との日々と、NASCARレースや模型についてつらつらと・・・・。

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タイトル画像 その4

夏休みは毎年もっと涼しくなってから取ることにしているし、場所が空いてなくて
久しぶりの洗車も叶わなかったしでまったりとした週末です。
そんなわけでまあずいぶん久しぶりなこのシリーズです。

前列左から9人目より

Jack Sprague(ジャック・スプレイグ)選手

20100815_1

↑やっつけな感じのつまらないカラーリングであまり写真を撮りませんでしたね。

主にクラフツマン(現キャンピングワールド)・トラックシリーズで活躍。
ブッシュ・グランドナショナル(現ネイションワイド)シリーズには80年代の
終わりから参戦。1995年最終戦にカップ戦初エントリー(DNQ)。
翌年終盤にケン・シュレイダー選手エントリーのポンティアックでカップ戦初出場
(第30戦『Dura Lube 500』フェニックス、第31戦『NAPA 500』アトランタ)。
クラフツマン・トラックシリーズにはシリーズ初年から安定した成績を残し、
1997、1999、2001と3度のタイトル獲得(いずれもヘンドリック・モーター
スポーツ)。通算28勝。そのタイトルを土産に鈴鹿へ。
日本行きを嫌がったテリー・ラボンテ選手用の#5にライド。
この97年、カップ戦出場は、同様にリッキー・クレイブン選手の代打で出場した
1レース(第7戦『Food City 500』ブリストル)のみ(他DNQ1回あり)。
2002年からは同じくヘンドリックからブッシュ・グランドナショナルシリーズ参戦、
ランキング5位になるも体制縮小もありチーム離脱。
カップ戦は1999年に1戦(DNQ)をはさみ、その2002年の終盤に
ハースCNCレーシングから(6戦中3DNQ)と翌2003年。しかし第18戦を最後に
解雇。通算での最高位は2003年開幕戦の『デイトナ500』14位。
2008年までトラックシリーズ参戦後、現在(おそらく)浪人中。



Lance Hooper(ランス・フーパー)選手

20100815_2

↑ 右端にフーパー選手。赤いシャツの人がこの前亡くなったジャクソンさん。
 白→黄色。シーズン後半はこんなカラーリングでした。

ほとんど初参戦だったウインストン・ウエストシリーズでいきなりタイトルを
獲得した1996年、自分名義のチームで第10戦(ソノマ)予選落ちの後、第30戦
『Dura Lube 500』(フェニックス)でカップ戦初出場。
ブッシュ・グランドナショナルシリーズ、クラフツマン・トラックシリーズさらには
ARCAへの参戦は1998年以降。来日したこの年、レイニアー・レーシングや
リチャード・ジャクソン・モータースポーツなど、長年の活動停止状態から復活を
試みるチームや戦闘力が落ちたチームに潜り込むことに成功し、計8戦のうち
6戦で予選通過。
しかしやはりカップを戦い抜くにはキャリアが伴わずブッシュ・グランドナショナル
シリーズ、クラフツマン・トラックシリーズさらにはARCA参戦でスキルアップを
図るも、その後のカップ戦出場歴は2002年まで断片的に7回のエントリーで
予選通過は2回のみ。
通算9戦で最高位は1997年第20戦『The Bud At The Glen』ワトキンス・グレン、
第22戦『Goody's Headache Powder 500』ブリストルの24位。
ドライバーとしてのキャリアはほぼここまでで後にトラックシリーズでクルーチーフ
として活動開始。
昨年突然、2004年以来の復活で、自らの所属チームほかからトラックシリーズに
出場。


2010.8.15


● スリムボクシング30〈古井戸さん〉
● パワーラッシュ45〈古井戸さん〉
● ストレッチ
トレッドミル3.5km(金曜日)

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