NASCAR好きなMOPAR乗りの独り言

古くて大きなアメリカ車との日々と、NASCARレースや模型についてつらつらと・・・・。

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ブライアン・クロウソン選手



僕的にはものすごく久しぶりに聞く名前でしたが、今年のインディアナポリス500
マイルレースにも出場していたんですね。
最近は流し観しかしていなかったので気づきませんでした。

残念ながら8月5日夜のレース中のアクシデントで亡くなりました。


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カンザス州、100年以上の歴史を持つベルヴィル・ハイ・バンクスで開催された
『第39回ベルヴィル・ミジェット・ナショナルズ』。


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金曜、土曜で2戦組まれていたメイン・イベントで8周のヒートを4つ、12周の
セミファイナル、そして25周のファイナルで行われるレース。
出走33台中予選5位。セミファイナルで勝ち、ファイナル最終盤、3位走行中の
24周目のアクシデントでした。救出に30分ぐらいかかったようです。



2005年、16歳でUSACのナショナル・スプリント・シリーズにデビュー。早々に
初優勝して最年少記録を更新。フェリックス・サバティスさんが共同オーナー時代
のガナッシで開発ドライバーに起用されたこともあり、2007年に同チームより
ARCAレーシング・シリーズに参戦。
デビュー戦となるシリーズ第2戦、USAインターナショナル・レースウェイで
2位フィニッシュ。第15戦のナッシュヴィルでも2位。

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参戦5レース目の第18戦イリノイ州マディソンでの『ゲートウェイARCA 150』で
初優勝。
ちなみにこの時の2位はジョシュ・ワイズ選手、3位はマイケル・マクダウェル選手、
4位がジャスティン・オルガイア選手でした。
第22戦タラデガでの『ARCA リ・マックス250』でポール。ランキングは32位。


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この年の終盤にNASCARネイションワイド・シリーズ(現エクスフィニティ・
シリーズ)にも参戦開始。5レース出場して最高位は第32戦メンフィスでの
『サムズ・タウン250』の18位でした。


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翌年もガナッシから同シリーズに参戦。当初2カーエントリーのうちの1台を
任されましたが、カイル・クリシロフ選手にシートを明け渡した後はもうひとつの
チームでダリオ・フランキッティ選手、スコット・プルーエット選手らとシェアする
形で21レースに出場。


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第14戦のドーヴァーのみランディ・マクドナルド・モータースポーツから。

開幕のデイトナで6位。最高位は第16戦ケンタッキーでの『メイジャー 300
プレゼンテッド・バイ・ナビスコ・オレオ』の5位。第19戦デイトナ『ウィン・
ディキシー250 プレゼンテッド・バイ・コカコーラ』でポール。ランキング27位。


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9月のシャーロットでのテストで認められて、同レース場で開催の第31戦『バンク・
オブ・アメリカ500』でカップ戦に初エントリー。しかし、雨で予選がキャンセル。
元々ガナッシの3台目はシリーズ中盤で参戦を中断しており、オーナーズポイントが
足りずに予選落ち。


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不幸にも次にエントリーした第33戦アトランタの『ペップ・ボーイズ・オート500』
も雨で予選を走れず。第34戦テキサスも予選落ちし、結果的にカップ戦の参戦は
この3戦のみとなりました。

2009年もブッシュ・シリーズへのフル参戦が決定していましたがスポンサーの
『ファステナル』の撤退でチームがクローズ、参戦自体が白紙になりシートを失う
ことになります。

ストックカー・レーシングには縁がなかったんですかね。


ネイションワイド・シリーズ参戦時代の画像。

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ブリストル。手前はグレッグ・ビッフル選手。


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ダーリントン。トニー・スチュワート選手にケヴィン・ハーヴィック選手。


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ジョーイ・ロガーノ選手と。


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リッキー・ステンハウス Jr. 選手と。



2010年、トニー・スチュワート選手から声が掛かり、彼のUSACシルバー・
クラウン・シリーズのチームに加入。すぐに頭角を現し、ナショナル・ミジェット・
シリーズ・チャンピオンと、ナショナル・ドライバーズ・チャンピオンを獲得。


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フォーミュラは、この時のスカラシップでインディ・ライツ・シリーズの2011年
全14戦中、オーバルでの6レース出場のチャンスを与えられ、デビュー戦となる
第4戦インディアナポリスの『ファイアストーン・フリーダム100』でポール&
決勝5位。


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参戦台数が少ないとはいえ、完走した第5戦ミルウォーキー4位、第6戦アイオワ3位、
第11戦ロードン7位、第13戦ケンタッキー5位と成績を残し、ランキング12位。

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これはアイオワの表彰台。

翌年にも2レース出場。これがきっかけで2012年インディアナポリス500マイル・
レースにサラ・フィッシャー・ハートマン・レーシングの2台目でインディカー・
シリーズにデビュー。


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インディ500のみですがこれまで出場3回、今年はラップリードもあったそうですね。
この間、USACでも引き続き活躍、チーム移籍後も含め2011、15年にナショナル・
ミジェット・シリーズチャンピオン、2011、2012年にナショナル・ドライバーズ・
チャンピオン、2012、2013年とナショナル・スプリントカー・シリーズのタイトル
を獲得。

ダート・オーバルの画像。

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ちなみにUSACでの通算勝利数は112勝で歴代5位。
ちなみにA . J フォイトさんが162勝で2位だそうです。


今シーズンは勝負の年と考えていたようで、年間200レース出場を計画、着々と
遂行中でした。

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8月だけでこのレース数。


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ここまで色々なクラスの116レースに出場、スプリントカー・アムズオイル・
ナショナル・ディヴィジョンの7勝など、計27勝していました。


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こちらはワールド・オブ・アウトローのシリーズ。



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フィアンセとの結婚も近々にひかえていたようです。



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たら・れば を言えばきりがありませんが、ブッシュ・シリーズのスポンサーの
撤退がなければ、あるいはカップのデビュー戦が雨ではなかったら、歴史は
変わっていたんですかね?
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この週末のエクスフィニティ・シリーズ第21戦『ミッド・オハイオ200』では
すべての出場車がクロウソン選手のイニシャルをデザインしたこのステッカーを
貼って走るそうです。

ご冥福を。


2016.8.11


● パワーラッシュ45〈黒木さん〉
● やさしいHIPHOP〈クニオキさん〉
 (火曜日)

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